守田
最初に行ったのはいつ?
タイガ
イギリスで、次にフランスか。
リー
ツアーでイスラエルへ。
中村
ああいう国を回って訴えたいというか、
コンサートをしたいという思いがあった?
中村
昔からいろんな世界中を飛びまわって、
世界中の人と一緒に音出して、分かち合っていくのが
人生の醍醐味やと思っているから、
やっぱり、そのスタイルは変わらないですね。
個人的に、旅をしたりするのが好きやし。
中村
違います?
まわっててどうですか、共通の。
リー
全然、違いますね、やっぱり。
中村
それは今度は帰ってきて
いろいろこっちで活動するときにやっぱり。
リー
身に付いていますし、いろんな国の考え方があるから、
外に出ると日本のええところも見えるし。
中村
原発問題もそうなんだよね、
ドイツでああいうふうにね、「やらない」って決めて、
張本人の、一番事故を起こした日本が
いつまで経っても決断できないという、
情けないと思う。
リー
情けないですね。
中村
今からだと思うんだけど、
決してあきらめる必要がなくて、
これからどうやってみんなで止めていくかで、
その意味でもすごく大きな力になっているし。
守田
さっき話をしていたのは、
結構、ヨーロッパとかあとイスラエルとかね、
ものすごいノリがいいんだそうです。
「その場を楽しもうという力に長けている人たち」って
彼が言ってましたけども、それとパワーがあってね、
ああいう国でこういうことが起こったら
もっと大騒ぎになっているはずなんですが、
「日本はおとなしいね」というのをね。
リー
なんかね、外国に出るといつも思うのですけど、
ヨーロッパの人たちは大人なんですよね。いい意味で子どもで。
中村
ヨーロッパの大人たちがいい意味の子ども。
リー
そうですね、
というか、ヨーロッパの人たちは若者ではしっかり自分の中で考えて、
人とコミュニケーションをとって
自分を確立していくというスタイルがあって、
日本の人は人とちょっと距離をおいて
自分のスタイルを確立していくというか、
距離があるんですよね。
そういうふうに感じて、
日本から韓国へ出てもやはり全然人が違うというか、
日本は閉鎖的なんですね。
感情を出さへんようになっている。
外人もウソつくし、悪い人は悪いし、
何人であっても悪い人は悪いし、いい人はいいんですけども、
人のエネルギーというか。
コータ
まずケータイ、パソコンしすぎるよね、日本は。
僕はスーパーファミコン世代なんですが、
ファミコンを狂ったようにしてましたしね。
バーチャルに入りすぎなんですよね。
他人事かというわけではないのだけども、
そのレベルでしか感じてないのかな、
捉えられへんのかなみたいな人が多いですね。
中村
難しくなっているね。
湾岸戦争のときにね、
戦争をやっているのがテレビでみんな見ているでしょう。
なんかいわゆるバーチャルの、まさに戦争物語テレビだか、
ゲームというのと同じ感覚で、
現実に起きているあの戦争を見ているんだよね。
すごく不思議な世界になっている。
コータ
自分もその一人なんですよね。
中村
だからどうやって共感だとか、
人の痛みということを理解して
保ち続けられるかということだと思う。
同じような、似たような思いということがあればね、すごく共感するし、
全然ちがう分野でも
そのことを自分のこととして
感じられるようになっていくんだけども、
そういう機会がすごく昔に比べると
少なくなってきているのかなって思うのですけど。
中村
コータくんはそこからどうやって出てきた。
コータ
どうやって出てきたとは。
中村
バーチャルの世界から。
コータ
音楽ですかね。
自分もいますよ、その中に。
だけど自分のテンションが
よっしゃ、「よっしゃやってやる」みたいなときとかは、
銭湯のサウナで一緒になった人に
「どう思う?」とか、できるだけ無差別的に話しかけたり。
守田
銭湯でできるだけ大きな声で
聞こえるようにしゃべるのだそうです。
リー
定食屋へ行って定食食うてても、
テレビをパッと見てて、悪い政治屋出ていたら、
「ああ、こいつ悪いヤツや」(笑)って、
友だちとそいつについてバァ〜と
みんなに聞こえるようにやりやったりとかね、
「みなさんどう思います?」って。
コータ
ときにはもうコタツにくるまって、
丸うなってピコピコとやってますけど。
中村
やっぱりどう?
3.11のあとに若い人たちが変わったという、
そういう思いはあります?
リー
活動を通してきて、やっぱりね、
僕が今まで伝えてきて、親しい家族もそうやし、
もちろん、すごい近くにいる友だちも
なかなか伝わらへんかったんですが、
それがだんだん大変なことになったし、
にもかかわらずまだ関心のない人はいるんですが、
その中でも徐々に実感はありますね。
痛みを感じてはる、
プロパガンダの麻酔がだんだん切れてきた。
中村
僕なんかね、派遣村の活動をずっとやっていて、
その学生とか若い人がね、ちょっと
5年前ぐらいからはだいぶ変わってきているな
って気がしているんですよ。
すごく貧困のことだとか、いろんなことが、
自分の思いにもなってきたというのかな。
それまでなんとなく暮らしていったら
なんとかなるだろうと思っていた、
そういう世代じゃなくなってきている。
自分も政治にも興味持たなくてはいけない、
そういうことを発言していかなければいけないという、
そういう人たちが増えてきているように思うのですね。
コータ
僕もそれはうっすら感じますね。
ちょうど僕と彼(タイガ)が5、6コ違うんですけど、
学年で言えば5つか、6つぐらいちがうんですけども、
『ヒューマン・エラー』のCDを関心を広めるべく
夜な夜な全然知らんバーとか、知っている店はもちろん、
CDの営業に行っていたりとかしていたんですけど、
そんなときに話す機会があるじゃないですか。
みんなに「こういうCDなんやけど」ってまず見せて、
「これどう?」みたいな感じで
いろんな世代の人と話をしてきたんですけど、
まだ大学4回生とか、それぐらいの子のほうが、
自分の世代、自分のまわりの友だちとかよりも
まだしっかり考えてくれるというか、
聞いてくれるし、返ってくるし、
という印象はちょっとあります。
自分の世代、自分のまわりはひどいって感じていますね。
一番、あきらめ感を植え付けられているみたいな、
相変わらず友だちに会っても、
「お前、相変わらずあついな」みたいな。
「がんばれよ」と言われて、
「お前もがんばれよ」という感じですが、
タイガ
僕の世代はもっと無関心ですね。
中村
無関心。
タイガ
多分、コータくんの方の世代は、
もう少し年をとったときに世の中のこととか見えてきて、
でも自分のしがらみとかの中で生きているし、
結構、知りつつも他人事の節がある世代やと思うのですね。
コータ
僕と意見が食いちがっているやん。
僕は君の世代の方がまだ関心があると思う。
タイガ
僕のまわりがという話です、僕のまわりは関心ないです。
コータ
自分の友だちがということでね。
中村
たとえば大学出てもね、
なかなかまともな働き口がないじゃない。
僕たちのときってね、もう30年ぐらい前、
大学卒業するときってみんな幹部候補生なの。
全員4年制大学を出たら幹部候補生とかいうので採用試験を受けた。
そういう時代だから、実際に幹部にはなれないけども、
でもそうやって正社員になっていく、
それが当たり前だったんだけど、
今はもう本当に正社員で就職できるなんて
大学生の本当の一部だけで、
あとはみんな非正規でしょう。
そうするとすごく将来の展望がないじゃない。
すごく社会のこと、いろんなことを考え出すと思うんだね。
少し前は、それは自己責任だとやられたわけです。
あんたが努力しないから一流企業に入れない。
もっとちゃんとがんばった奴らは入ったじゃないか。
お前が悪いと言われていたけど、
どうもまわりを見たらみんな入れないから、
これ違うんじゃないか、社会が悪いんじゃないか
というふうに気づき出したというふうに感じているんですけど、
リー
ああそうですか。
中村
社会なんとかしなくっちゃいけない。
そういうふうな人たちが増えてきているように僕は思うよ、
大学なんかで教えてて。
タイガ
できたらそんなに腹立てて生きていきたくないんですけどね。
僕とかが小さい頃に、
賢くなりなさいと、賢くなれへんかったらええ学校に入れませんよ。
ええ給料もらえまへんよ、ええ暮らしできませんて言うて、
お金と世間体かと、白い目で見られたりするよとか言われていたけど、
僕のまわりにもそういう感覚をすごい持っている子がすごく多くて。
いい奴はいっぱいいるんですけど、
ある種、お金に媚びている節がすごいあって、
それはまさに原発問題。
賢くなりなさいと勉強しなさいというが、
教訓というのは、立派な人間になりなさないよ、尊敬される人間になりなさいよ、
そこが一番大事じゃないですか。
思いやりがあって、強くて、やさしくて、
そういうところの根本的に教えられてきたことが、
ちょっと違いますからね、
みんなお金と世間体を意識していますしね。
中村
そんなに始めからメジャーになれたわけではないし、
結構、つらいじゃない。
音楽活動が好きだからこの道にすすんでいるので、
日常、普段の生活そんなラクじゃないでしょう。
でもがんばろうって思ったのはなんです、
やっぱり音楽が好きだから?
リー
1回ロックンロールを味わってしまったら
もうやめられないんですよ。
守田
ロッカーなんやね。
コータ
親には霞を食うて生きていけへんでとか、
よう言われますけども、
霞食うてでも、やめられないですよね。
リー
今年は食っていけますんで。(笑)
守田
『ヒューマン・エラー』は7月にリリースして、
すぐに受けてない。
ブレークしたのが11月の。
リー
ローカルでは受けてたんです。
守田
大きくブレークしたのはその時期で、
最初、3.11の後に結構大きなデモとか
東京とか、高円寺とか、声をかければ何万人も来るような、
それが3月、6月と続いて、
だんだんそういうふうに
みんなデモやってるんだけど、
政府の方向性も変わらないし、
どう変わっていくのかも見えない。
疲れも感じる。
というような時期になったときに
やっぱりその時期と
ブレークしたのが重なったのではないかと感じる。
11月の末ぐらいから急にもう
1晩、2晩という間にワァーッとヒットする、
何万もあがっていくような。
リー
そうですね、
いろんな人がツイッターとかで拡散しているので、
広がりが半端じゃなかった。
ちょうど東京のツアーを組んでいて、
1週間で静岡からはじまって、
静岡で東京で3発やって、そのあと横浜、名古屋と。
守田
12月2日から8日。
中村
ずっとツアーを組んで。
リー
ちょうど行く前に火がついたんですよ。
向こうへ行ったら
もうたくさんの人が来てくれて、感激しましたし、
僕、感極まって泣きましたし、うれしくて、
こんな自分らが発信していることを受け入れてくれて
集まってきてくれたんやと思って、
僕たちにとっては
メチャメチャ勇気もらいましたね。
中村
京都でもコンサートやったの。
リー
一昨日やりましたね。
(※2012年1月4日ROCK YOU@CLUB METRO)