Frying Dutchman × 中村和雄 緊急対談!「原発と京都」
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胸焼け注意です(コータ)
中村
フライングダッチマンという名前は、
僕のイメージはね、パイレーツ・オブ・カリビアンと
あそこのイメージから来ていると。
考えてみたらみなさんのほうが先なんですか、9年前。
リー
パイレーツ・オブ・カリビアンより先ですね。
中村
どういう経緯でつけられたんですか
リー
ノリなんですけど、
僕がはじめて行った外国が、オランダで、
フライングダッチマンという有名な「さまよえる幽霊船」なんですが、
そこからきているですけど、
僕がオランダに感銘を受けて、
オランダでバンドをやりたいと思ってまして、
バンドは海賊やというイメージでずっと今まできているんで。
中村
イメージがダッチマン。
リー
海賊のほうのフライングダッチマンはLなんですが、
「飛んでいる」ですが、僕らはRで、
直訳すると「こげ揚がっている」オランダ人。
中村
そうなんだ、気づかなかった、RとLのちがいなんだね。
リー
揚げ物なんです。
コータ
胸焼け注意です。
中村
『ヒューマン・エラー』は10番まであるって聞いていますが。
リー
10番?
そんなんないです。
中村
全部1番?
リー
全部で1番というか、1番って考えたことはなかったです。
中村
どういうときにこれをつくろうって思ったの。
リー
つくろうって思ったんじゃなくて、3.11以降、
ものすごい悲しみと怒りに持ち上げられて。
普段、そういうストレートな曲というのは書いたりしていないのですね。
はき出した、腹が立ってはき出したという感じですね。
別に曲にするつもりも最初はなくて、
書いたし、書いたから「新曲できたよ」って文章を彼にメールで送って、
彼のケータイは古いから最後まで入りきらないで、
でもスタジオをつくってすぐに。
中村
曲は誰がつけるのですか。
リー
曲は最終的に僕が付けたのですが、
それをみんなでアレンジして。
中村
いっきに書けるのですか。
リー
そうですね。

原発問題が教科書のように理解できる歌詞(中村)
中村
僕が読んでいてね、
あれずっと詩を最後まで読んでいくとか、
原発問題がすごく分かるじゃない。
理解できるんですよね。

今の3.11の問題から原子力発電所の問題というのは
どうして起きてきてね、どんなにひどいことをしてきたのか、
どうしたらいいのかということが
まさに教科書のごとくずっと理解できるから、
すごいことをどっかで一生懸命調べてつくったのかと思ったんですけど。
リー
それはね、意識しました、
分かりやすく、分かりやすくでないとダメだというのは。
3年ぐらい前に、僕は上関原発の建設阻止を友だちに教えてもらって、
そこから原発運動に向き合うことになったのですけど、
それから何回か通って反対に加わった、自分なりに反対してきて、
無関心の人もいるじゃないですか、
そういう人たちとのやりとりで悔しい思いをいっぱいしてきたんで、
それも含めて今回、原発が爆発して、
メディアなんかを見ててホンマ腹立ってきて、
それで書いたんですが、中途半端に書いたら揚げ足を取られるから、
全部、洗いざらい知っている言葉をまとめて書いたわけです。
みんなも言いたいやろう、こういうことをみたいな気持ちで。
中村
事故があって、
しばらく経ってだけど20キロのところまで入れたのですよ。
本当はもっと中に入ろうとしたんだけども、
警察官に止められて「これ以上、入ったら犯罪ですよ」とやられたんで、
そこでストップだったんですが、
本当に20キロのちょっと行ったところに旅館街があって、
そこにいるいま作業している人たちがみんな寝泊まりしている。
そこだけ人がいる。
男性ばっかりずっと若い人たちが寝泊まりしてて、
そのまた南の方、ずっと下がっていくと誰もいない。
ずっと海岸線はもう津波で全部やられてしまっている。
本当に異様な光景だったし、街の姿が
20キロちょっと、22、23キロからかな、
商店街の付近を調査したんだけど。
リー
何町から入ったのですか。
中村
入ったの福島、郡山のほうからずっと上がっていって、
そこから海岸線にそって上がっていって、20キロまで。
守田
当初ですか。
中村
僕が行ったのは5月です。
そのときに一番びっくりしたのが、
また南に下がってきて65キロぐらいかな、
「海岸のきれいなところがあるからちょっとコーヒーを飲もう」と
みんなでゴルフ場かねているきれいな海岸近くのホテルへ行ったら
ラウンジが閉鎖されていて、なんで閉鎖されているのかなあって思ってたら、
作業している外国の人たちがいっぱいいて、
10人ぐらいが一番みはらしのいい、
コーヒーラウンジのところを机にしてコンピュータをいっぱい置いている。
何か?と思ったら、フランスのアレバ社の人たち。
フランスから特別に対策チームを呼んでいる人たちがそこで作業している。
日本の人たちは20キロのところで作業してて、
なんで彼らは60数キロのところにいるのかなって
すごいおかしいなって思いましたね。
本当に危険なことが分かっているから離れて。
守田
そうですよね、明らかにそうですよね。
リー
飛んで来はりましたものね。
守田
フランス人はすぐに逃げ帰りましたものね。国外退去と言ってね。

リリースするつもりは最初はなかった(リー)
守田
リーくんが書き上げたのは3月の末ですか。
リー
それぐらいですね。
中村
リリースしたのは。
リー
7月の7日ぐらい。
中村
その間ずっと。
リー
リリースするつもりも最初はなかったんですよ。
CDにするつもりもなかって、
ただそれを書いたし、ライブでやろってスタジオに入って、
ちょっと合わせて、ライブからはじめたんです、最初はね。
そのライブをやったやつをICレコーダーでとって、
僕は普段廃品回収をやっているのですけど、
軽トラに乗って家電製品を引き取って、
その放送の代わりに『ヒューマン・エラー』を流して。
中村
町の中をそれで走って。
リー
それをやりながら仕事を、一人でも聞きたい人がいたら。
守田
聞きたい人が自転車乗って追っかけて来るんだって。
中村
そこからはじまったんだ。
リー
そうなんです。
それから結構、いろいろ反応があったんで、
まわりの人が集まってくれて、ああそれやったらCDにしようかとなって、
みんなと相談して、レコーディングをしてCDにしたんですけど。
中村
今ユーチューブが一番ヒット回数が多いのかな。
リー
そうですね。
中村
何十万回。
リー
32万回。
中村
CDは?
リー
CDはもうないぐらいです。全部で7000枚刷っているんですよ。
中村
ユーチューブ聞いた人に買ってもらわないといけないね。
リー
そうですね。

「届かない思い」を語ってくれた(守田)「ちょっと攻撃的すぎるの違う」みたいな時期がありました(コータ)
中村
どうですか、これだけみんなが聞いてくれたというのは。
リー
うれしいです。
率直にうれしいし、今回、つながりが目くるめく沸き起こってきて、
必然的な出会いも感謝していますし、
でも普段はほとんど言うてること全然変わらへんし、
自分たちが打ち出したことに対して
みんな賛同してくれたというのはすごいうれしい。
自分たちなりにも改めて実感できたし。
これからですけどね。
守田
さっきも話していたんですけどね、
リーくんの中にこの3年間で悔しい思いというか、
歌詞のなかにも
「ツイッターやネットで原発を反対するのは揚げ足をとるようなレスが多いけども、
そんなそんなやつほど薄っぺらく、なんにも実態が分かってないし…」という、
そういうくだりがあるんだけども、
みんな原発反対している人は似たり寄ったりの気持ちがあると思う。
一生懸命に反対していてもすごい揚げ足をとるようなことを言われてとか、
そういう悔しい思いというか、
なかなか本当の思いが届かない思いというか、
それを代表して彼のなかで流れこんだんではないか。
それを彼が語ってくれたんで、
みんなが聞いたときに
「これだよ、そんなんだ。こう言いたかったんだよ」
という思いだったんじゃないかと思う。

コータくんは最初に詩を読んだときに、
ちょっと過激なんじゃないかとか、思ったんじゃない。
コータ
最初の最初はもちろん「100%言う通りや」と思ったんですけど、
僕なりに反対活動していくなかで、
家族とのカベができたりとか、
友だちに言うたら変人扱いされたりとか、
結構、まいってきている時期やって、
なんかすごい悲痛な叫びなだけに、
僕にもそのとき痛く感じてきて、
それで一時ちょっと「これはきついのちゃう」みたいな、
「ちょっと攻撃的すぎるの違う」みたいに思った時期がありました。
守田
そのときどんな話し合いを。
リー
僕はこんな生ぬるいの(笑)、
こんなんって全然やろ、
もっと言うたらんとみたいな。
コータ
もちろんそう思いましたけど、そういう時期あってとゆうことで。

寝ている場合じゃねぇんだよ!(タイガ)
守田
タイガくんは最初聞いてどうでしたか。
タイガ
僕はもう関心のない若い世代の代表という感覚があるんですが、
リーさんからはじめてその問題を聞いて、
すぐには信じられなかったというか、
僕自身も興味があることだけに結構突き進むタイプなんで、
音楽に夢中な感じやったんで、
あんまりそっちのほうに向いていかへんかったけど、
そういう『ヒューマン・エラー』のリーさんが書き下ろさはった文章を
まわりの友だちなり、家族に見せて、
「すごいことが書いてあるな」ってすごい反応が返ってきて、
そういう絡んでいく中で自分でもたびたび読み返して、
そうこうするうちに3.11が起こって、
まさしく言うてはった通りになっているし、
言うてはった通りどころか、
改めてたくさんの人たちとしゃべってたら
「悔しい」「負けた」と言うたはるし、

だから今でもライブしながら、
自分にも刺さってくるんですね、
言葉が。
自分でも一リスナーの一人として一緒にやりながら、
それを取り出させる気持ちでやっている節がありますね。
リー
どういうふうに刺されるの。
タイガ
「寝ている場合じゃねぇんだよ」って、
寝ぼすけなんで僕。
リー
この人はホンマ寝ぼすけで、
僕は、1年ぐらい彼の目覚まし時計なんで。
コータ
だからトゥーレイト(too late)。
守田
それでトゥーレイトかいな。
リー
いつも遅れるから。
バイト先の店長に世界最強の目覚ましを買ってもらって、
それでもいいやつなんで。
守田
彼はフライングダッチマンの救世主で、
彼らが海外公演を決めたときに、
突然ドラマーがやめると言いだして、
公演も決まっているのにやめてしまってそれで応募して、
だから19歳で彼は出てきて、入って2ヶ月後に海外公演に。
中村
よかったね。
リー
大冒険♪
タイガ
「募集」の張り紙が楽器屋さんなり、
そういう音楽を練習するスタジオなり、
ライブハウスなりに貼ってあって、
学生の時代からいろんな人とつながるのが結構好きで、
はまってたというか、活用していたんですね。
そうしたらライブの写真があって、
イスラエルから入ってオランダ抜けてって書いてあるし、
誰も連絡先の紙をちぎってなくて、
「ワァ〜チャンスや。オレしかいいひんやん」と思って、行って。
中村
それも遅れて来なかった?
タイガ
ガス欠になって、そのときに彼もケータイを持ってなかったんで(笑)。
連絡とれへんかって。