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2017年2月

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よもやまばなし
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 京都新聞の案内に誘われて、京都市右京区の仁和寺の北東に位置する轉法輪寺(てんぽうりんじ)を訪問させてもらいました。
 縦5メートル30センチ、横4メートル90センチの巨大な涅槃図の修復が完成し、地域のみなさんの要望に応えて一般公開に踏み切ったとのことです。今月26日までの公開予定です。お釈迦様の死を悲しむ人々に混じって動物たちが悲しむ姿も色鮮やかに描写されています。この涅槃図では動物たちの中に猫も存在しており、とても珍しい涅槃図です。

 本堂に掲げられている涅槃図の美しさ、巨大さに驚くとともに、もう一つ驚いたのは、ご本尊である阿弥陀如来座像の巨大さである。なんと7.5メートルの大きさです。京都で一番大きな仏様だとのこと、どっしりとしていて穏やかな表情であり、こころ和む気持ちにさせて頂けます。1758年の開眼供養とのことですが、作者など仏像制作にまつわる詳細は不明とのことです。

 これまでずっと非公開とされてきたのですが、今回特別に公開頂きました。庭園もしっかりと整備されており、春や秋の美しい景色が目に浮かびます。大変有意義な時間を過ごさせて頂いたのですが、このお寺も一時期は大変荒廃した状況だったとのことです。ご住職からお寺の維持管理の困難さを詳しくお聞かせ頂きました。

 京都にはわたしたちが知らないこんなにすばらしい文化財がたくさんあるのですね。国や自治体による適切な援助とわたしたちの努力で京都のすばらしい財産を後世にしっかりと伝えていきたいものですね。

 なお、轉法輪寺は浄土宗のお寺であり、竜安寺や仁和寺とは関係がありません。お間違いなく。

 国際NGO「オックスファム」の分析によれば、2016年異世界で最も裕福な8人の資産の合計が、世界の人口のうち、経済的に恵まれない下から半分(約36億人)の資産の合計額とほぼ同じだったと報告しました。上位8人の資産合計額は48兆6千億円です。報告書によれば、1988年から2011年の間に下位10%の所得は年平均3ドルも増えていないのに、上位1%の所得は182倍になっているとのことです。世界的な、格差の広がりが凄まじい勢いで進行していることが明らかになりました。

 今日、アメリカではトランプという軍人と大富豪で閣僚を固めたきわめて危険な人物が大統領に就任しました。世界がますます弱肉強食の方向に進もうとしています。まさに資本主義の矛盾が露呈しています。わが国でも、格差と貧困が深刻な事態になっています。みんなが支え合い幸せに暮らしていくためにはどのように政治を変えていけば良いのか、具体的な政策としてどうしていくべきなのか、しっかりと提起していくことが重要ですね。
 うだるような暑さが続いています。水分補給をしっかりとってお身体にお気をつけてください。連日、深夜のNHKでオリンピックの日本人選手の活躍に興奮しています。とりわけ、体操、卓球、バトミントンなどは手に汗握る好ゲームで勝利の瞬間には選手と一緒に涙してしみました。また、開会式での難民選手団の入場行進には感動しました。
 陸上男子400メートルリレーは録画でしか観戦できなかったのですが、感激しました。何を隠そう(隠していないか)、私は高校時代陸上部に所属し、短距離走と走り幅跳びを専門としていました。400メートルリレーは「4K」と言われ、4Kメンバーの4人には「赤ラン」と呼ばれる特別のユニフォームが与えられるのです。赤ランを着ることは部員の夢で私も3年生で漸く何とか赤ランを着ることができました。大会に備えてバトン練習を繰り返すのですが、私はカーブ走が不得意でした。左利きなので左回りは駄目なのです。競馬と同じように左回りだけでなく、右回りの大会もあればきっとカーブ走で活躍できたのではないかと思うのですが、残念ながら人間の陸上競技ではトラック競技はすべて左回りとなっています。もしかしたら、将来左利きという少数者保護のために右回り競技が実現するかも。
 私は2走でした。県大会当日、私が少し出遅れて1走との間が詰まってしまい、その結果関東大会への出場を逃してしまいました。バトンパスのスタートの難しさを痛感しています。日本チームはすばらしかったですね。それにしても、4Kで日本がここまでやれるとは驚きです。選手、コーチ、関係者の皆さんの日々の努力と研究の賜ですね。

 ところで、私は、東京オリンピック当時10歳でした。テレビで繰り広げられる陸上競技の種目を観戦したあと、近くの同年代の少年10人くらいで毎日、「オリンピックごっこ」をしていました。廃材でつくった走り高跳びの器具や、牛乳のフタでつくった金メタル、ゴールテープは荷造りひもです。ミカン箱の表彰台もつくりました。競技場は、車があまり通らない家の前の道路です。路面は土でした。オリンピック期間中興奮状態で遊んでいました。

 オリンピックは子どもたちに夢と感動と希望を与えます。2020年の東京オリンピックが私が体験した1964年の東京オリンピックと同じように子どもたちに大きな夢と感動と希望をもたらす大会になることを望んでいます。そして、オリンピックは平和の祭典であることを改めて感じました。2020年の東京オリンピックが平和な社会の中で開催され素敵な大会となることを願います。
 

    参議院議員選挙が終わりました。同僚の大河原さんが奮闘しましたが現職の壁を突き破ることはできませんでした。全国的には、東北地方や沖縄での1人区での野党共闘候補の議席獲得など野党共闘が大きな力を発揮しました。比例区では共産党が票を伸ばし、民進党も3年前に比べれば前進しました。しかし、残念ながら改憲勢力が参院でも3分の2を占有するという事態になってしまいました。
 
 わたしたちの訴えがなぜ大きく拡がっていかないのか、失望したり悩んだりしている方も多いと思います。この本は、そうした方にぜひおすすめです。著者はいま売り出し中の慶応大学経済学部の教授ですが、この本は研究者が書いたとは思えない平易な言葉遣いと絵本のような挿絵によってわが国の現状分析と改革の方向性を語っています。しかし中身はとても深いです。そしてとても刺激的です。時々ドキッとするフレーズが登場します。
 「貧困にあえぐ人々を『見て見ぬふりをする社会』を僕たちは生きている」「この格差社会を作り出したのは誰なのでしょう。・・・普通に生活していた人たち、そう僕たちみんなです。自分が負担に苦しむくらいなら、貧しい人にはあきらめてもらう。しかたなく見て見ぬふりをする。そんな『冷たい社会』を生きる僕たちが格差や貧困の問題を生み出したのです。このことへの反省がないかぎり、そして、なぜ僕たちがそんな社会をつくったのかを徹底的に考え抜かないかぎり、公正で優しい社会など実現できるはずがありません。」「格差是正というリベラルの叫びは、多くの人たちの心には響かない、ということです。」「中間層がじわりじわりと貧しくなるなかで、貧しい人の暮らしばかりを重んじるとどうなるでしょう。格差是正の必要性を訴えるほど、負担者となる中間層の痛みが増し、貧しい人への非難、あら探しがはじまります。」
 著者はこの分断社会を解決する方法として、「必要の政治」への転換を提起します。必要の政治とは、弱者を助けるのではなく、人間の必要を充たし、弱者を生まないようにすることです。「全員が受益者となり、全員で負担も分かち合うこと。」
 
 著者の考えをうまく伝え切れません。ぜひ著書を最後までお読みください。異論もあると思いますが、運動のあり方を考えるうえで大変参考になります。

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  2016年も引き続きよろしく御願いいたします。今年の正月三が日は暖かい日々であったこともあり、穏やかに過ごさせていただきました。
 比叡山、神泉苑、浮御堂、家族でゆっくりと過ごしました。

 近くに住む92歳の母親から満州で暮らしていた頃の生活状況や敗戦後の周囲の中国人たちの変化やロシア兵の略奪の状況、そうした中での親しくしていた中国人たちの援助、引き揚げの状況、引き揚げ後の生活の困難さなど、これまできちんと聞くことがあまりなかったのですが、たっぷり聞くことができました。
 私の父はすでになくなっていますが、南方で従軍していました。ハルマヒラというフィリピンの島で、日本本土に向かうアメリカ軍のB29に向かって到底届かないことが明確な迫撃砲を撃ち、日常のほとんどの時間は食料である芋の耕作をしていたと聞きました。周囲の島にいた日本軍には餓死者が多数いたと聞いています。
 父や母の青年時代にはこうして穏やかに正月を迎えることがありませんでした。平和な社会で生きていけることがどれだけ幸せなことであるのかを考えさせられました。

 昨年、安倍政権は戦争法(安保法)を強行しました。参議院選挙後には自衛隊が憲法9条に反して集団的自衛権行使の行動に出る予定だといわれています。
 今年は勝負の時です。日本は軍事力ではなく憲法9条の理念で国際貢献をすることによって世界の平和を実現していくべきです。参議院選挙で戦争法廃止をもとめる勢力を拡大することが重要です。「野党は共闘」が大事です。熊本の野党統一候補に決定した弁護士の阿部さんは日弁連貧困本部で一緒に活動してきた仲間であり、行動力抜群のとっても信頼できる方です。各地でこうした共闘が実を結ぶことを期待します。

 そして、各地の首長選挙において戦争法廃止の声を結集していきましょう。昨年の戦争法案成立阻止の大きな運動の盛り上がりは、政治を決めるのはわれわれ市民であることをはっきりと示したものです。これまで政治家だけに任せてきたことを反省し、主権者であるわれわれ自身が政治に参加することの重要性を自覚し市民が声を上げたことによって大きなうねりとなりました。

 主人公は市民・住民です。各地の首長選挙は住民の声を政治に反映するための大切な機会です。
 1月24日告示、2月7日投票の京都市長選挙は京都市民にとって戦争法廃止を求める意思表示の絶好の機会です。そして、戦争法廃止を訴える本田市長が実現すれば国政に与える影響は計り知れません。歴史都市京都の市長が世界に訴える声明の効果は絶大です。夏の参議院選挙に向けて戦争法廃止を求める全国の市民に大きな励みになります。
 同じことは、1月17日投票の大津市長選挙や各地の首長選挙にも言えることです。

 1つ1つの選挙を繋げて7月の参議院選挙で戦争法廃止を求める市民の意思をしっかりと示していきましょう。もちろん、それに向けて大いに学習し、運動していきましょう。私たち弁護士は絶対に憲法違反の戦争法を認めません。戦争法廃止のために皆さんと共闘して運動していきます。
 フランスのパリでの同時多発テロ事件、尊い命を奪われた被害者に哀悼の意を表します。貧困と格差の広がりのなかで、暴力が暴力の連鎖を生む、このままでは日本も標的になる日が近いと感じます。

 一般社団法人「日本記念日協会」が9月19日について、「9.19いけんの日(平和への思いを忘れない日)」と決定しました。「いけん」は、法案の「違憲」ももちろんですが、自分の」「意見」を持つ、「異見」を聞くという意味も込めているとのことです。

 2ヶ月後の11月19日がもうすぐ訪れます。日本を「戦争する国」にしないために、19日をみんなで声を上げて行動する日にしましょう。京都の皆さん、11月19日は午後6時半から京都市役所前に集まってパレードしましょう。

大津祭

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 10月10日ついに暦の上で人生1周を果たしました。たくさんの皆さんからお祝いや励ましのお便りをいただきました。本当にありがとうございます。

 私の父の頃とは時代が違い、還暦を迎えたごときでは年金も支給されず、とうてい仕事の現役引退が許されるものでもありません。肉体的にも精神的にも、まだまだ若い者に負けてられないぞ!との思いでいます。これからもよろしくお願いいたします。
 もっとも、最近執筆活動がすこし増えているのですが、論理的思考力や記憶力の低下が著しいことを痛感しています。嫌なことをすぐ忘れられるようになったんだと前向きに考えることにしています。

 日曜日に400年の歴史を持つ大津祭の曳山をはじめて鑑賞しました。まだ台風の影響がなく晴天のもと13基の曳山が大津の旧市街を1日中巡行します。曳き山の「コンコンチキチン」の笛と鐘の祭り囃子は祇園祭よりもテンポが速く猛々しく感じました。小、中、高の男子も大人に混じって楽しそうに演奏し笑顔を振りまいていました。各曳山のからくり人形も見応えがありました。何よりも、地域の皆さんがこのお祭りを大切にしていて、地域一体となって祭りをつくり祭りに参加している様子がよくわかりました。祭りで得た粽と手ぬぐいを大切にしたいと思います。
 京都やその周辺に私の知らないすばらしい場所や行事がたくさんあります。これから、時間の許す限り、体験してみたいと思います。
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 京都の五山の送り火、昼の記録的な大雨にもかかわらず,しっかりと漆黒の山々に幻想的な炎を浮かび上がらせてくれました。大雨の中、護摩木を濡らすことなく保護して準備された関係者の皆さんに感謝いたします。しばしの間送り火をじっと見つめながら,家族とともに平和ないまを生きられる喜びをしみじみと感じたものでした。

 一夜明けて町中を歩くと、昨日の豪雨の爪痕が至る所に残っていました。都市部の災害に対する弱さを露呈していました。

 昨日とは打って変わった青空、ひまわりが元気よく大輪を開かせていました。おぼんやすみも今日まで、弁護士のシンボルひまわりのように元気いっぱい動きまわりたいとおもいます。この秋もよろしく。
びわ湖花火2014_R.jpg 写真は8日夜に開催された2014びわ湖大花火大会の模様です。土砂降りの雨の中カッパを着て浜大津の湖岸に座り続けて待っていた甲斐がありました。湖面から次々と打ち上げられる花火の美しいこと、頭上一面が七色の花火の輪で埋まり、その美しさと迫力に拍手喝采です。ところで、花火が土砂降りの雨の中でも打ち上げられることをはじめて知りました。いやー、しばらくぶりで花火鑑賞しましたが、技術の前進にびっくりしました。

 それにしてもこんなすばらしい体験は平和な社会だから可能なのですね。翌9日の長崎の原爆慰霊祭。被爆者代表の城代美弥子さんの「平和への誓」がとても感動的でした。原発再稼働に反対であることを明確にされましたが、被爆者だからこその思いが伝わってきます。戦争は殺すか殺されるかです。そのどちらも嫌です。戦争しないためにはどうすればいいのか。いま歴史に学ぶことが重要です。そして、戦争を知っている方たちのお話を聞くことは今しかできません。城代美弥子さんの訴えはユーチューブでも見られます。まだの方はぜひお聞きください。 https://www.youtube.com/watch?v=uDI7_gW78k4

憲法9条の碑

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 沖縄辺野古新基地建設阻止のたたかいを学ぶことなどを目的として5日間ほど沖縄本島を旅してきました。
 那覇市での会議の後に南下し、南風原町にある沖縄陸軍病院南風原壕群20号とその周辺を見学しました。1945年の悲惨な出来事の痕跡が残っています。1990年、南風原町が全国ではじめて文化財に指定し、戦争の悲惨さを伝える証として、しっかりと保存し続けています。

 近くの南風原文化センターには当時の遺品や証言が展示されています。負傷して壕で治療を受けていた京都府出身の当時21歳の歩兵部隊員の証言を紹介します。

「青酸カリが配られたのは5月28日のことだ。衛生兵が来てミルクの配給があるから、入れ物を出せというので、私も飯盒のフタを出して置いた。壕の入り口の方からミルクが配られると、入り口の方で大きな声で騒いでいるのが聞こえた。喜んでいるのだと思った。そして、自分の所にもミルクがきた。ちょっとなめると非常に苦かったので、ナゲーラ壕で看護婦さんがくれた黒砂糖を飯盒の縁で削ってミルクに混ぜた。「まだ苦いな」と、隣にいた北海道出身の兵隊と二人で話しながら、「もうこれくらいでいいやろ」と一気に飲み干した。そしたら、目がグヮーッとちらついてきて、息苦しくて、胃の中が煮えくりかえる感じがした。「こりゃ毒や」と気づくと、水筒の水を飲み、指を突っ込んで吐いた。2~3回繰り返した。北海道の兵隊にも吐かせた。他の患者は一気飲みしたのか、始めは苦しんでいたようだが、もうシーンと静かになっていた。「殺される」と思った瞬間、不思議なことに、それまで動けなかった体で立っていた。走り出した途端、後ろから「コラー、誰だ、逃げるのはーっ」と怒鳴られ、ピストルの音が何発も聞こえた。壕は真っ暗なので弾が当たらず、逃げることができた」

 20号壕の近くに、憲法9条の碑が建てられています。沖縄には他にもいくつもの憲法9条の碑が建っています。憲法9条を大切にしなければならないと誓う沖縄の人々の思いがしっかりと伝わってきました。

 


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