日経新聞の報道によれば、政府は裁判で認められた不当な解雇を金銭補償で解決する制度の検討に入るとのことです。解雇された労働者が職場に戻る代わりに年収の1~2年分の補償金を受け取れる枠組みを軸に検討を進め、2016年春の導入をめざすと報道されています。
2003年に政府は財界の要請を受け、解雇の金銭解決制度の導入を提案しましたが、労働界だけでなく日弁連など広範な世論のの反対によって法案成立を断念した経過があります。今回安倍政権は財界の要請を受けて再びこの制度を導入しようとしているのです。
日経新聞の報道によれば、政府は前回の失敗を踏まえて用意周到な手続きを考えているようです。新たに厚生労働省が行う全国の解雇トラブル実態調査をふまえて、2015年4月をめどに内閣官房、厚労省、法務省が合同で有識者会議を設け、新制度の枠組みを作り、それを受けて労使の代表が参加する厚労省の労働政策審議会で詳細を詰め、早ければ2016年の通常国会で関連法の改正を目指すとのことです。
労働側が反対することが明らかなため、労働者代表が参加する労働政策審議会にかける前に厚労省の他に内閣官房や法務省を加えて有識者会議なるものをつくりそこで法案の枠組みを固めてしまおうというのです。労使の問題は労使代表の間でしっかりと議論することがILO条約でも確認され、わが国でも労働政策審議会がその機能を担ってきました。ところが、安倍政権になって産業競争力会議や規制改革会議など、労働側代表がまったく入っていないところで労使の問題が議論され政策の骨格が決定されていくというきわめて不正常な状態になっています。今回の有識者会議なるものもその一つであり、きわめて恣意的な運用です。
ところで、なぜ解雇の金銭解決制度は認めるべきではないのでしょうか。確かにヨーロッパ諸国などではこの制度が普及しています。しかし、それはこの制度を支える前提条件が存在しているからです。まず、失業者に対する保障制度の充実、再就職への支援制度の充実、そして同一労働同一賃金制度の確立です。たとえ転職しても、同じ職種の仕事であれば同じような賃金が保障されているのです。わが国では、ヘッドハンティングのような一部のエリートは例外ですが、一般的に転職によって賃金は大幅に減額となります。ヨーロッパ諸国でも解雇の金銭解決による転職はもちろん労働者の大きな負担を伴いますが、わが国における再就職のような過酷な負担になることはないのです。
また、わが国でこの制度が導入されれば悪用されることは確実です。労働組合に加入している者、会社に対して労働者の権利を強く主張する者、上司の不当な指示に従おうとしない者、会社の違法行為を告発しようとする者などを、この制度の悪用によって企業から排除することが可能になってしまうのです。
現在の解雇の裁判や労働審判においても、労働者が職場復帰を求めず金銭賠償によって解決する事案はたくさんあります。現行法上も金銭解決は可能なのです。しかし、今回の制度は、労働者が職場復帰を求めても、一定の金銭さえ出せば職場から排除することを可能とするものです。こんな制度を認めることはできません。こんな制度を認めてしまえば、職場で労働組合への加入を宣伝することさえ困難になってしまいます。労働者の皆さん、力を合わせて解雇の金銭解決制度導入を阻止しましょう。