2012年京都市長選 過去のトップページ

2013年9月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
中村和雄のfacebook中村和雄の過去のブログ
2013年1月アーカイブ

 大阪桜宮高校暴力事件に端を発した「体罰」問題、ついに,全柔連、JOCにも広がりました。今後、プロ野球を始めほとんどのスポーツ分野で告発や事件発覚がなされていくことでしょう。私の意見に対しても、多くの方から賛否のご意見を頂いています。今回の事件を契機として、暴力と教育、指導の問題をしっかりと議論できる場が広がることを願っています。

 本日の京都新聞にノンフィクション作家の長田渚左さんがコメントを掲載しています。大変参考になります。ご紹介します。「日本では、殴って育てられた人が指導者になり、その人も教える時に殴るという悪循環になっている。精神を鍛え上げ、上の者が下の者に教えてやるという感じが強い。選手ファースト(第一主義)ではなく指導者ファーストだ。欧米では殴ったら永久追放される事例もある。2020年に五輪を招致しようという国なのだから、スポーツそのものを見つめ、選手が自発的に練習できるためにコーチや監督はどのような役割がいいのかを考えていかないと、体罰問題はますます深刻化していくだろう。」

 いまこそ、スポーツ界全体が変革を求められているように思います。

 非NEC_0661.JPG正規労働者の権利実現をめざして2009年10月に結成された「非正規労働者の権利実現全国会議」は、毎年3~4回全国各地で集会を行っています。本日は、山口での開催です。自動車メーカー・マツダの派遣切り事件とテレビ西日本派遣法違反事件の報告、萬井隆令龍谷大学名誉教授の講演「労働契約法改正と非正規雇用の闘い」そしてパネルディスカッションという盛りだくさんの充実した集会でした。
 今回の集会は、13回目です。次は、4月28日に横浜のワークピア横浜で開催します。非正規労働者の1つである契約期間付き労働について、新たに法律が改正されました。労働契約法の18条、19条、20条です。有期契約を5年以上繰り返した方は無期契約に転換することが認められるようになります。有期契約期間が満了しただけで合理的な理由もなしに直ちに契約が打ち切られることはあり得ないことも規定されました。さらに、契約期間が有期というだけで無期契約の労働者と労働条件が差別されている場合にそれを是正させることが認められました。
 きちんと活用すれば非正規労働者の権利実現に向けて役に立つ法律です。しかし、使い方を誤れば、非正規労働者の使い捨てをさらに助長する役割を果たします。財界の皆さんは、4月からの18条と20条の法施行を前に(19条はすでに施行)、就業規則などを改定して、契約期間の繰り返しが5年を超えないように制限する規定を新たに入れたり、新たな更新労働契約書に「次回は更新しないことに同意する」などの不当な文言を追加したりしています。法改正の趣旨に逆行するこうした行動をやめさせていくとともに、有期ではたらく労働者の皆さんに,今回の法律改正の内容をしっかりと伝えていくことが重要です。私も各地にでかけて訴えていきたいと思います。
 じつは先週末も学習会に呼ばれて山口に来ました。その節はふぐに出会えませんでした。今夜は出会えるでしょうか(笑)。

 先日行われた大学入試センター試験の英語の第6問 http://ow.ly/gXW3h」が話題になっています。この文書をじっくり読んでみると、ダンスのすばらしさが実感でき、風営法によるダンス規制がおかしいことを痛感するとのことです。私も英語で読むのは困難なのですが、友人の知人が翻訳してくれています。長文になりますが、ご紹介します。全国の受験生がこれを読んでくれたことは有り難いことですね。

──────────────────
(1)
ダンスはもっとも古くからある芸術のひとつで、あらゆる文明において見られ、
様々な目的のために行われている。
現在社会では、ダンスは娯楽の一種として広く認められている。
多くの人々が楽しみとして踊り、好きなアーティストが舞台やスクリーンで踊る
のを見て楽しんでいる。
スポーツの一種ともなっている。様々なタイプのダンス競技がある。
しかし、これらのはっきりした役割に加えて、ほかにもっと高度な役割をダンス
は社会のなかで果たしている。

(2)
ときにダンスは、共同体の若者に社会のルールを教えるのに役立っている。
「メヌエット」と呼ばれるダンスが良い例である。
「メヌエット」は、フランスに生まれ、18世紀まではヨーロッパの貴族の間で
人気となっていた。
イギリスでは社交界へデビューする女性、初めて舞踏会に出ることで大人の社会
に入ろうとする上流階級の女性たちが、最初の「メヌエット」のために 厳しく
しつけられる。
彼女らは、通常その動きやふるまいを厳しく観察する人々の前で踊った。
この踊りで、彼女らは上流階級の一員として、どのように振る舞うのかを学んだ。
ある作家が、メヌエットはこれまで生み出された最高の作法の学校のひとつだと
呼んだほどである。

(3)
ダンスはまた、大人たちにもその共同体のルールに確実に従うようにするために
も用いられてきた。
中央アフリカに住む民族ムブチピグミー族の狩猟の後に踊られるダンスに関する
1900年代半ばに行われた研究の一例がある。
狩猟のさいに、何か失敗があったとしよう。
たとえばだれかが、狩人の方へ動物を追い立てるために地面をたたくという役割
を実行するのを忘れたために、動物をつかまえる機会を失ったとする。
その後、踊り手がまちがった行為を示すために、その失敗を演じてみせる。
すると、その失敗をした人は、恥ずかしいと思うだろう。
こうすれば、今後の狩りを台無しにするような振る舞いをしないようにさせるこ
とができるということは、容易に想像できる。

(4)
文化によっては、ダンスは権力を示す手段にもなる。
たとえば、ニューギニアのマリング族が、彼らの軍事力を示し、今後起こりうる
たたかいのために備えて同盟を組むために、どのように踊りを使うのか 述べて
いる。
1900年代半ばの別の報告がある。
これらのダンスの後にも、争いはよく起こったが、一方でダンスは敵同士の間の
平和的な解決に役立つこともあると言っている。
踊りを通して、そのグループの規模や強さが潜在的対立相手に、目に見えるよう
になり、結局たたかいを避けることにつながる。

(5)
ダンスを通じて、そのグループの伝統を示し、結果としてその威信を増すことも
できる。
その一例が、世界的に有名な、かつてヨーロッパの植民地であったカリブ海の島
国トリニダードトバゴの「トリニダードのカーニバル」である。
この祭のルーツは、ヨーロッパ植民者が凝った衣装で踊るカーニバルをおこなっ
た1700年代の終わりまでさかのぼる。
アフリカ出身者の多くは奴隷として、この島にやってきたが、ほとんど祭からは
締め出されていた。
1838年に奴隷制が終わり、彼らが全面的に祭に参加し、カーニバルの性格が
変わった。
彼らは踊りのなかで、奴隷時代の場面を演じ、彼ら独自の伝統を表現した。
彼らの演技は、過去の不正義を示し、彼らの習慣を認めさせるための手段であった。

(6)
ここでのべてきた、伝統を維持し、共同体の強さと文化的な豊かさを見せるとい
うダンスのいろいろな役割には、ひとつ共通の効果がある。
ダンスは、共同体の構成員を結びつけるということである。
ダンスは単に芸術的な表現だけではなく、共同体がその共有するアイデンティ
ティーを強めるための手段でもある。
目には見えないかもしれないが、この効果は、我々にもあてはまる。
たとえば、私たちが参加する地域に独特な踊りというものがある。
なぜ我々は、その踊りに参加するのか、その踊りはどんなふうに生まれてきたのか。
生活の中のダンスの役割を考えると、私たち自身の社会の歴史や価値について面
白い発見につながるかもしれない。(END)

法制審議会の特別部会が18日、新しい刑事司法のありかたについての基本構想案を示しました。被疑者の取り調べの可視化が議論されてきたのですが、きわめて不十分な案です。基本構想案は、取り調べの可視化について、2つの案を両論併記しました。
 1つは取調官の裁量で取り調べ過程を録音・録画するか否かを決めるという取調官の裁量によるとするものです。とんでもない案です。取調官がまずいと思えば可視化しないことを許すというのです。なぜ、えん罪が生まれてきたのか。取調官の不当な誘導や脅迫が原因であることをまったく反省しないとんでもない案です。こんな案が出てくること自体、いったい何を議論していたのか疑いたくなります。
 もう一つの案は、裁判員裁判対象事件で被疑者が逮捕された場合にその全過程について録音・録画を義務づける案です。一定の前進であることは認めますが、対象をこのようにせまく限定することは反対です。村木さんのえん罪事件は対象事件に含まれていません。
 録音・録画自体は、技術的には容易です。警察や検察における取り調べにあたって、不当な誘導や脅迫がなされているか否かをしっかりとチェックできるように,録音・録画を広く実施させていくことが求められます。取り調べ過程を透明化することによってえん罪を防ぐことが可能になることを、是非とも多くの皆さんに理解頂きたいと思います。
 橋下大阪市長の体罰を容認する発言が波紋を広げています。「いきすぎた体罰」はだめだが「適切な体罰」はあり得る。わが国では少なからず支持されている意見です。今こそ、体罰を受けた者たちの聞き取り調査など科学的実証的な検証活動を文部科学省の責任で行って欲しいと思います。元巨人軍の桑田真澄さんらが勇気ある発言をしていますが、まだまだスポーツ界に体罰を容認する風潮があることは事実です。

 1月11日付の新聞赤旗で共産党のスポーツ部長さんが取材で目撃した事実を紹介しています。高校柔道の全国大会で、ある強豪校の顧問が、試合に敗れた後、選手を革靴でけりあげ、会場のすみにチームを集めて、ある選手を集中的に殴り始め、その生徒はひざからがっくりと崩れ落ちたのに、それでも体罰が続いたというのです。
 
 この顧問が許されないことは当然ですが、これを目撃した大会関係者や応援の保護者らの対応がどうだったのか知りたいところです。明らかな暴力行為が行われているのに、誰もそれを阻止できなかったのでしょうか、ただちに問題にできなかったのでしょうか。スポーツ部長さんがその場でどのような行動をとられたかについては記述がないのでわかりませんが、当時そのことが大きく報道されたのでしょうか。

 今回のひとりの若者の死を無駄にしないためには、体罰は悪であると理解している私たちひとりひとりが、体罰の現場で声を上げることだと思います。警察官だけでなく私たち民間人も現行犯逮捕ができるのです。私自身の反省も込めて、皆さんに訴えたいと思います。
 大阪桜宮高校のバスケット部顧問の体罰による高校生の自殺が、連日大きく報道されています。体罰について批判的な報道が続いていますが、体罰は犯罪だと明確に指摘する報道は少ないように思います。
 今回の被害者に対する体罰は、継続的に傷害行為が繰り返されてきたものです。ヨーロッパであれば当然に刑務所入りです。ところが日本ではこの点は曖昧です。
 学校教育法12条は次のように規定しています。
「校長および教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。」
 いかなることがあっても体罰は禁止されている、許されないというのが法律です。しかし、どうもそのことが社会の中で共通認識になっていないのではないかと思います。今回の件で警察や検察が顧問の教師を逮捕したり取り調べたりするということを聞いていません。マスコミ報道でも、そのような論調はありません。
教師経験者の皆さんと話していても、体罰を肯定する方が少なくありません。良い体罰、本当にそんなことがあるのでしょうか。
 体罰を加える教師に対して「熱い良い先生」だと評価する保護者がたくさんいます。私も中学校時代に教室やクラブ活動で体罰をたくさん見てきました。体罰によって子供が理解した、成長したなどとは絶対に思えません。体罰によらずきちんと指導できるはずです。体罰を加えなければ子どもを指導できないような教師は教師を辞めるべきだと考えます。
 私の考えは理想論だと批判する方がいると思います。ぜひ、大いに議論したいと思います。現場教育で苦労されている教師の皆さんの反論をお願いします。もちろん、担当生徒数を少なくするなど教育制度の改善を図るべきことは当然ですが。
 明けましておめでとうございます。2013年が脱原発、平和憲法の維持発展、格差是正、非正規の解消、社会保障制度の整備・充実・・・・・・に向けて大きく前進することをみなさんとともに願います。
 さて、共同通信による情報公開請求によって、2007年度から2011年度までのわずか5年間の間に、東大が5億6000万円、東北大が4億1700万円、名大が2億5100万円、京大が2億1200万円、東工大が1億400万円を、東京電力や日本原子力発電、関電など電力8社や三菱重工業、日立GEニュークリア・エナジー、などの原子炉メーカーや核燃料加工会社などから寄付金として受け取っていたことが明らかになりました。
 名だたる国立大学のほとんどが、原発推進の電力会社や企業から多額の寄付金を貰って運営されているのです。個々の研究者が自覚していないとしても、あるいは骨のある信念のある研究者が中には存在するとしても、全体としては大学における研究活動が原発推進寄りになっていくであろうことは明らかです。現在の大学における研究活動運営資金が、国からの予算が不十分なために、企業の寄付金に依存している矛盾が露呈しているのです。
 今回の福島原発の事故は、大学の学問研究のあり方に対して反省を突きつけているといえます。報道によれば、東電は福島原発事故後は原則寄付をやめているのだそうです。ということは、関電はいまだに寄付を続けているということなのでしょうか。大学関係者の皆さん、大いに議論しましょう。


このページのトップへ